「エージ、パン買って来なさい」
「嫌だよ。だってこんな時間売店やってない」
「はぁ?あなた私の下僕でしょ。言う事ききなさい!」
「あんたたち……ここをどこだと思っているの?」
科長サマからのありがたーい説教と言う名の憂さ晴らしを聞いた後、
診療室の憩いの場に戻ったらお客さんが2人脇のベッドに座っていた。
一人は見知った顔。この「羅臼医療センター」の院長の孫、エージ。
そしてもう一人は……
「こんばんは、初めまして。私は十沢凛と申します」
「どうもご丁寧に。私は清水麗蘭。エージからはレイって呼ばれているからそれでいいよ」
「あの……すみません。これからお仕事されるんですよね?」
「いんや。これから当直だからほとんどいないよ。だから気が済むまでここにいな」
「ありがとうございます。レイさん」と言ってまた一つお辞儀をした。
なんて丁寧な子なんだろう。
体の大きさからしてきっとエージと同い年くらいかな。
しかし、精神年齢が明らかに大人。
「エージ、お前も凛ちゃん見習えよ」
「はぁ?なんでこんなや……」
「なんか言った?エージ」
「いえ……」
あらびっくり。いつも威勢のいいガキが一瞬で黙った。
凛ちゃん、あなた将来大物ね。
いい気分転換になりそうねぇ。
さっきまで耳にまとわりついていた科長の苦言の事を全く忘れていたわ。
"清水さん、知っているのよ。あなたが羅臼院長といかがわしい関係だと言う事をね。
ばらされたくなければ行動を慎むことね"
言いがかりもいいとこだ。
私は羅臼院長と寝てなんかいないし、二人で食事すら行っていない。
ただあの人は急にふらりと現れて、全く関係のない雑談をしていくだけだ。
別にそれで贔屓されたとかは全くない。
それだけで目の敵にされるなんてまっぴらごめんだ。
全く、"人は平等です" なんて誰が言い出したのだろう。
「科長」という役職がくっついただけで苦言も躊躇無く下の者に言えてしまうなんておかしくないか?
人の気持ちを考えて発言しましょう。さて、誰から教わったったかねぇ。
「みんな同じ?そんなの嘘に決まってるじゃん。ばかでしょエージ」
「ばかは余計だ!」
「人間はね、昔から1番2番って順番があるの。"みんな同じ"なんてただ綺麗に言ってるだけだよ」
びっくりした。この年齢からそれだけ悟ってるなんて。
私は思わず笑ってしまった。
「レイさん、どうしたんですか」
「いいや、なんでもない。二人とも何か飲む?」
「お茶をお願いします。」
「りんごジュース!」
「はいはい、ちょっとお待ち」
飲み物まで大人なんてたまげたねぇ。
私もこの子を見習って明日からがんばるか。