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2013年8月15日木曜日

同類






風が気持ちいい。
遮る壁が無いからどこへでも行ける気がする。
さて、どこへ行こうか。 綺麗な海でも見に行くか。
初めて空に飛び立つ前の鳥の気持ちが少し分かる気がする。
 
死ぬ理由。そんなもの案外考えないで人は事を起こすのだと思う。
ただ今よりも楽に。自分の心を取り戻したいから。
どこにも安息地が無いこんな世界で生きている意味なんてあるのだろうか。
そう質問したらあなたはなんて答えるの?
ただこうやって見つめるだけで、何も語らず。
今、足を数センチ出して遥か空の下へと飛んでいっても変わらずなのかねぇ。
……。
私がここから居なくなってしまったら、あんたの表情を確認出来ないじゃないか。
初めて心が生へ留まった。
その時から足を前へ出すのが恐ろしくなり私は一段降りてうずくまった。

「泣いているのかい?」

私をずっと見つめていたじいさんが初めて口を開いた。
 
「足がすくんだ」
「そうか」

表情を拝んでやろうと顔を上げたら、私は目を見開いた。

「なんであんたが泣くんだよ」
「さあ、なんでだろうね」

今度はシワを深めて笑った。もう訳が分からない。

「飛び降りないのかい?」
「あんたを見てやる気が失せた」
「それは良かった」

「なぜ?あんたは関係ないだろ」
「いいや、ある」
「どういうこと?」
「それはすぐに分かるよ。エージ」

12、3歳くらいだろうか。
白くて細い男の子が扉の影から姿を現した。

「誰?」
「私の孫だ。ほら、こっちへおいで」
 一瞬ためらうように右往左往して、小走りでやってきた。
ずっとあそこに隠れていたのだろうか。
と言う事はさっき飛び降りようとしていたのも見られていたのか。
孫に何を見せてるんだこのじいさんは。

「今日から生まれ変わったと思ってこの子の面倒をみてやってくれないか」
「なんでまた」
「なんでもだ。いずれ分かる、清水君ならね」
「なんで私の名前を?」

またシワを深めて笑う。全く食えないじいさんだ。
エージだったか。じいさんの孫と初めて目を合わせた。
なるほど。小児科に救急で来る子供の目とそっくりだ。
魂が宿らない。何も無い目。
既に世界がどんなに意味が無いものなのか悟り、諦めた目。
まるで私みたい。
私はエージの手を取った。自然と取っていた。
それを見てまたじいさんが笑う。

その日から何となく毎日エージが私の診療室に来た。
飲み物を飲んだり、宿題を教えているうちに、徐々に心を開いて、私の事を「レイ」時々「ばばあ」と呼ぶ様になった。
悔しいから私も「エージ」時々「くそガキ」と呼んでいる。

そして後になってあのじいさんが羅臼医療センターの院長だということを知った。
あの時の失礼な振る舞いを削除したかったと同時に、まぁじいさんだししょうがないかと諦めた。


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