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2013年8月4日日曜日

冷えた目







「レイ、お茶」
「あんたねぇ……少しは遠慮と言う言葉を覚えなさいよ」
「"遠慮"でしょ。知ってるよそれくらい」

このくそガキ、完全に大人をなめている。
私は苛立つ気持ちを抑えて、ガキの指示通りお茶を入れた。
このクソ暑い夏に、熱々のお茶を入れてやろうかと一瞬思ったけれどもそこは大人、冷蔵庫に冷やしてある冷茶を出した。

「ほら、自分で入れな。ついでに私のもよ ろ し く」
「な、なんでレイのも入れなくちゃいけないんだ」
「それが"大人の礼儀"ってものよ。あんたもまだガキねぇ。じゃあ大人な私が入れてあげるわ」
「う、うるさい。おれはガキじゃない!」

ムキになって私のコップに冷茶を入れた。扱いやすくてたまらない。

「ところであんた、夜遅くにこんな病院なんかに居て親に怒られないの?」

そう、今は深夜2時。夏休みとは言え、くそガキ共はおねんねの時間だ。 

「…………怒らない」
「そう」

まただ。親の話題を出すとこのガキはすぐに黙る。

私は独身だからと当直を任される事が多い。
(全く失礼な話だよ。これが私の婚期を遠ざけてるんだ。)
しかし、世間一般的に子供が少ないためこの日本で5本の指に入るほど大きな大病院
「羅臼医療センター」ですら小児科は小さく、客もいなければ医者もいない。
しかし暇と言う何ともありがたい現状だ。
それもこれも、未病に関する研究が進み、病気にかからない子供が増えたからだ。
しかしその反面、こうした夜間に急に運び込まれる子供がいる。その子達は体中に無数の傷跡を付けている。私が声を掛けても何も答えず、ただ呆然と1点を見つめる目が家で何があったのかを物語ってくれる。
私はその子達を見る度に酷く胸が苦しくなる。
このガキ……羅臼医師の孫、エージも同じ目をしている。
羅臼さんが初めてここにエージを連れて来た頃、体に傷は無いにせよ、目はとうに子供の光を失っていた。
きっと両親は自分の事だけ構って、エージのことはお手伝いロボに任せてるんだろう。

「だったら生むなっつーの」
「ん?何、レイ」
「いや、なんでもない。ところで宿題は済んだのか?」
「え……あ、うん。済んだ」
「嘘を付け嘘を。どれどれ、お姉さんが教えてやろうか」
「大丈夫だ!オレ一人で出来る」
「ふーん、そう。大丈夫なのね。じゃあ私は仕事にもど……」

 立ち去ろうとした時、軽く後ろに引っ張られた。見るとエージがぷるぷると体を震わせながら、私の裾を握っていた。

「お願い、行かないで……」
「素直でよろしい」

私は今晩もこの子が寝るまで相手をする事にした。 



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